外傷被害者は押し寄せる日々のさまざまな刺激に圧倒されて、症状に打ちのめされている。周囲の親密な他者からのケアでさえ、敵意に満ちた攻撃と考え、自らの内なる攻撃性を強めてしまう。その攻撃性が最も向けられるのは自分自身であり、その結果リストカット、摂食障害、アルコールや薬物の乱用といった嗜癖行動、鬱病、自殺などを招く。
このように自責性(攻撃性が自分に向けられていくこと)が高まってくると、ストレスや刺激のない平穏な時間こそ、最も危険な時間へと変わる。なぜならば、自己との対面を強いられ、おのれの無力感と空虚感にさらされるからである。こういうときには上記の述べた自傷行為への欲求が高まり、自殺念慮が強まる。
物流
剣道
理学療法
建築学
救急医学
東海地方
結膜炎
有機化学
糖尿病
エックス線
湯・群馬
冠婚マナー集
玉露百科
楽しいアロマ
日本の音楽
皮膚と体毛
コーヒーで一息
循環器事典
さくら咲く
こどもの歌
こういう状態で治療につながったクライエントに施す第一の処理は、彼らの内面に立ち入ることではない。不眠、食欲不振、過食、鬱、パニック発作など現在進行形で悩んでいる症状の緩和や、自分の部屋から追い立てられている、家族の者に虐待されている、などの現実的な生活課題の処理に手を貸すことである。
補助的に向精神薬などの投与も必要な場合も多いが、こうした初期の患者に必要なのは、彼らの持っている社会的コンテクストに即して、治療を進めることができる「安全な場」へ移すことであり、また、患者本人も「ここは今までとは違う安全な場なのだ」と感じられるようにすることである。
たとえば配偶者からの暴力におびえている外傷被害者であれば、「もうここまでは絶対に配偶者は追ってこない」と補償できるシェルターへ移送することがこの過程に相当する。それは、ひとり治療者のみならず広くソーシャル・ワークの仕事となる。
この種のソーシャル・ワークの中で、公的な援助資源に関する情報を与えたり、被虐待者のためのシェルター(shelter)や代弁者や支援者(advocate)を紹介したりする必要も生じてくることがある。代弁者は、とくに被虐待者が年少であるなど、本人の被害を言語化するのに能力が及ばないときに、本人の言わんとすることを公に通用する言語(たとえば法廷で通用する陳述など)に変換する仕事を請け負う者だが、日本においては2009年現在、他の先進国と比べるとその数はまだたいへん少ない。
行動修正 [編集]
再帰性が症状の本質であるがゆえに、たとえばシェルターへ移送した虐待被害者が自らの意思で暴力的な配偶者のもとへ帰ってしまう、といった問題が現場には多く、口でいうほど実践は簡単ではないが、それでも「安全な場の確保」というステップなくして療法全体は成り立たない。
したがって、再帰性に基づいて形成されているクライエントの日常行動を変えていくことが必要になる。シェルターに保護されたバタードが、自ら暴力を受ける家庭へ戻っていかないようにすること、などがその例であるが、広義には、アルコール依存症などの嗜癖行動を断ち切ることも含まれる。じっさい再帰性を示す行動様式と、嗜癖行動とのあいだには、それほどの差はない。
犠牲者自己の認知 [編集]
患者は、はじめ自分が犠牲者であることを自覚していない場合が多い。外傷再演などの再帰的な行動様式は、そういった自覚の欠如が根底にある。
もっとも「逆は必ずしも真ならず」で、自覚をしたからといってすぐ再帰的な行動様式が改まるわけではなく、そこからの治療過程の方がむしろ長いわけであるが、犠牲者自己の認知が段階的にはじめに来ることを妨げない。
自覚がないのは、主に否認によるものである。これは、キューブラー=ロスの唱えた「受容のための五段階」説にも合致するもので、もともとキューブラー=ロスは「死」という人間にとって「不都合な真実」をいかに人間が受容していくかの過程において、「そんなはずはない」という否認が第一段階に来ることに着目したが、それは何も「死」に限らず、自分の家庭のなかで虐待が行なわれていること、自分に心的外傷があること、などすべての「不都合な真実」において言えることであると、理論を汎用していったところに近年の精神医学の大きな発展がある。